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Digital Collateral: Quarterly Journal of Economicsの論文の解説 デジタル技術の重要性

Digital Collateral

Paul Gertler, Brett Green, Catherine Wolfram

The Quarterly Journal of Economics, 2024, qjae003, DOI: https://doi.org/10.1093/qje/qjae003

要約

  • デジタル担保型ローンとは:オンライン家庭電力サービスと紐づけたローンで、貸主は返済が滞った場合に物理的な差押をしなくても、一時的に電気を止めることが可能。
  • デジタル担保型学費ローンを配布するフィールド実験を実施。
  • 借主のデフォルト率が19%減。
  • 貸主の利益は49%増。
  • これらの返済率等の改善は2/3はモラルハザードに、1/3は逆選抜に起因することが分かった。
  • デジタル学費ローンへのアクセスが、就学率と教育諸経費を増加させた。
  • ありそうでなかった論文? デジタルマイクロファイナンスや、デジタル天候保険など、実務分野で応用可能か。
    • 日本だと「住宅ローンじぶんでんき」というセットをKDDIが出している:じぶんでんきを利用すると金利が引き下げられるらしい。返済が滞ると電気を止められるのかは不明
    • アメリカでは車のローンと電子鍵を組み合わせて、車ローンの支払いが悪いと鍵が作動しなくなるようにするシステムもある

Introduction

  • 担保が低中所得国で広まっていない理由1:そもそも所有権が確立されていない国が多いので担保の差し押さえコストが高い
  • 担保が低中所得国で広まっていない理由2:収入減をself-employmentに頼っている家計が多いので、返済が滞るなどデフォルトへのリスクが高い。リスク回避的な家計が多いことに依るか。
  • デジタル担保とは(pay as you go):返済が滞った借主は資産を失わずに、単純にサービス上での金銭的なやり取りが一時的に凍結するシステム。
  • デジタル担保が減らすコスト:返済できるときに返済するようになる(モラルハザードの減少)・デフォルトをしそうな家庭はそもそもデジタル担保をりようしなくなる(逆選抜の減少)

この論文の貢献 - 信用市場におけるデジタル差押技術をモデルに組み込んだこと - 担保(信用を与える)がモラルハザード・逆選抜を減らす(Stiglitz and Weiss, 1981; Bester, 1987; Chan and Thakor, 1987; Tirole, 2006) - 効率的な差押の可能性が信用(市場)の拡大を促進する→経済成長にも寄与(Bester, 1987; Chan and Thakor, 1987; Tirole, 2006) - One of the first to demonstrate that access to credit is an effective mechanism for increasing K-12 enrollment and school-related expenditures in LMICs (数多のRCTがあるなかでこれが比較的新規であるというのは驚き、本当?他にはDuflo et al. (2019)がガーナで似たような研究) - financial constraintと就学率に有意な関係がある(Iscan et al., 2015; Moussa and Omoeva, 2020; Ajayi and Ross, 2020; Adu Boahen and Yamauchi, 2017; Masuda and Yamauchi, 2018; Chicoine, 2019, 2020; Delesalle, 2019; Valente, 2019; Moshoeshoe et al., 2019)

Model

設定:two dates (0 and 1) and two types of agents (households and firms) 仮定 - 財を消費するコストより期待効用が大きい E(\tilde{v_i})>c - $\tilde{v_i}$は家計iが財をdate1に消費することで得られる効用 - 差押のコストは事後的で非効率  $\lambda v > \kappa c, for \, all \, v \in [\underline{v},\bar{v}]$ - $\lambda$は差押が与える返済への効果の割合(lockout)、$\kappa$は差押によって得られる効果の割合(recovery)($\frac{production\,cost}{repossession}$)、$c$は財の限界コスト:物理的な担保付ローンでは$\kappa$が低い - 1-$\lambda$は家計が差押得られた場合の財の価値 - 家計は金銭的な制約がある\, $w < c - \underline{v}$ - $w$は富(wealth) - 単調増加な余剰(Monotone virtual surplus):$v-\frac{1-F(v)}{f(v)}$

Household behavior

定理1
date1における家計iの余剰は $$S_i(P)=(1-q_i)[\sum max(v-p,(1-\lambda )v)dF(v)]+q_i(1-\lambda )E( \tilde{v_i} )$$ と表される。 - Lockout reduces moral hazard:差押がモラルハザードを減らす - $S_i(p)$:date1における家計iの期待余剰 - $q_i$:income shockの確率、higher $q_i$ correspond to riskier households. - d:財をdate0で購入するときの頭金(ダミー) - p:財をdate1で消費するときの価格 - 家計iは $d\le min{ w,S_i(p)}$のときに財を購入:頭金を払える時

定理2
$q^\lambda \in (0,1)$ such that only households with income risk $q_i \le q_\lambda$ accept the contract.
- Lockout Reduces Adverse Selection - 差押技術(デジタル担保)によりデフォルトリスクが高い家庭はローンの契約をしない方向に導く

Firm profits

家計iに財を売った時の企業の期待収入は $$R_i(p)=\kappa c + (1-q_i)[1-F(v(p))](p-\kappa c)$$ - $(1-q_i)[1-F(v(p))]$:家計iが返済をする確率 財を打った時の企業の利潤は $$\pi_i(d,p)= \begin{cases} d+R_i(p)-c & if \, d \le min\{w, S_i(p)\} \\ 0 & otherwise \end{cases} $$

Equilibrium

企業の利潤最大化は以下のように書ける $$\underset{p}{max}(min{w, S_i(p)}+R_i(p)-c)$$

補題1
独占状態で企業が家計に財を売るときの解は $d_i=w$で、

 p_i= \begin{cases} p^* & if \, w \le S_i(p^*) \\S_i^{-1}(w) & otherwise \end{cases}

定理3 企業が独占していて、家計の富が充分に小さいとき、 $w < S_i(p^*)$
1. More efficient recovery (higher κ) leads to more strategic default and repossession.
* 回収を効率よくできるならば、企業はデフォルトを気にしなくなり、高値で財を売るようになる。結果として家計は戦略的により頻繁にデフォルトするようになる。

  1. More effective lockout (higher λ) leads to less strategic default and repossession.

定理4 企業は以下の条件の時に財を売る(補題1から)

  1. $w+R_p(p^) \ge c$ when $S_i(p^) \ge w$, or
  2. $w+R_p(S_i^{-1}(w)) \ge c$\, when\, $S_i(p^*) < w.$

モデルの拡張

  • 実験ではデジタル担保ローン$\lambda=1$と無担保ローン$\lambda=0$を配布する
  • Moral hazard effectとselection effectに分解する
 \underbrace{(Pr(\tilde{v_i}+\tilde{w_i} \ge p))(1-h(q^s))}_{Moral\, Hazard\, Effect} + \underbrace{Pr(\tilde{w_i} \ge p)(h(\underline{q^u}-h(\underline{q^s}))}_{Selection\, Effect}
  • $h(q)$はincome shockのリスク期待値
  • モラルハザード効果はデジタル担保ローンによって増えた返済額
  • 選抜効果はデジタル担保ローンの導入によって参入が進んだ優良な家庭により増えたことによる返済額

定理5
- 担保の額(device value、ここでは)が増えると、返済ができなさそうな家庭はtake-upせずにpositive selectionが発生する

定理6 - ターミナルバリュー(将来の現在価値)が高いときはモラルハザード効果は減る(返済が滞らない・デフォルトしない)

Intervention and Experimental design

  • Fenix International:ウガンダ最大の家庭用太陽光発電(Solar home system, SHS)会社
  • 従量課金制のSHSを導入
  • システム導入のために各家庭はローンを組む
  • 少額の頭金(システム導入費の3-6%)
  • モバイル支払い制度

  • 2019年5月、SHSローン完済者に学費ローン(300000シリング、81ドル相当、平均年収の約6%・平均借入額の25%)のオファーを行う

    • 就学児がいる家庭では初等教育関連に所得の14%を費やしている(LSMS, 2019) - ローン開始には50000シリング、13ドル相当の頭金が必要
  • 開始8日目から100日間3000リングの支払いを行う
  • 145日以内に支払い終えれば無事完済
  • 180日目までに支払いがなければデフォルトとみなす
  • ローン開始の180日後にendline surveyを行う
  • SHSをデジタル担保として利用
  • 3 Treatment groupsと1 control group
    1. デジタル担保(SHSを担保にする)ローン
    2. 無担保ローン
    3. 無担保ローン(surprise unsecured group) (デジタル担保ローンと伝えるが、秘密裏に無担保ローンにする。プラシーボ群).

Results

  • デジタル担保はtake-up rateを7%減少させる
    • digital collateral serves as a screening device in Figure 2
  • デジタル担保は13%返済額を増やす(モラルハザードは9%、逆選抜は4―5%を占める)
  • 完全返済を行った家計の割合は無担保家計の完済割合より19%多い

  • これらの返済率等の改善は2/3はモラルハザードに、1/3は逆選抜に起因する

  • モラルハザード効果を受けるのは高リスク債務家計で、逆選抜に関する効果は低リスク債務家計で受ける
  • デジタル担保ローンの内部収益率は無担保ローンに比べて49%増加したが、デジタル担保を受け取った上位2層(The top two terciles of households)の家庭のみが内部収益率がプラスだった

    • 実験のために貸主が対象者の幅を緩和したこと
    • 実験のために比較的多額のローンを貸し付けたこと
    • リスクの高い家庭(過去の返済履歴と突合)では返済が滞る
  • 学費ローンの提供は就学率3%(0.09-0.02×3)、出席率、教育関連費26%($e^{0.37-0.05\times 3}-1=26\%$)を増加させた

    • take-up rateは約半分なのでLATEはそれぞれ6%、52%
  • 就学率や出席率は女児のほうが高い効果がある。教育費ついては男児のほうに効果が表れる。(性差をみる検定では有意ではない)
  • これらのローンの提供は家計簿(Balance sheet)への影響はなかった(Table 5ちTable 6)
    • ローンの提供は資産の売却や購入、借入額に影響を及ぼさない。

Conclusion

  • デジタル担保は、貸主が利益を生み出しながらローンを提供できる家庭の割合を増加させる。
  • 一部の家庭は学費を支払うための資金源への十分なアクセスがない

  • コスト

    • 差し止めの技術を導入するためのコスト
    • もし電気が必要ないなら支払いをしなくてもよくなる

カナダのPhDに合格した

今年は諸般の事情により進学できないが、カナダの博士課程にwith full fundingで合格した。
Fundingの内容は年間30000カナダドルと12500カナダドルの授業料奨学金である。
最低限の生活費と学費は賄えるけどリッチな生活はできないという感じ。 来年に入学をfundingとともに引き延ばせないか考えてみる。

Offer letter

確定申告終わり

確定申告をオンラインで完了した。

今年は医療費控除、iDeCo、介護保険料などの支払いがあったのでサラリーマンの年末調整では許されなかったのである。
政治家が何百万も公費をポケットマネーにしているのは許されないよなあと思いながら作業し、そもそもこちらから申告しなかったら行政は数万円を勝手に多く徴収していたことになる。
とりあえず、納めた税金は軍拡ではなく平均的な国民の生活が改善されるように使われてほしい。

2023年の振り返りと2024年の目標

2023年の振り返り

  • 1本がAgricultural Economics誌から採択&出版

  • 1本がReview of Development Economics誌から2nd Revise&Resubmit (R&R)

  • 1本がRejected by World Development誌 after 1st R&R, アジア農業経済学会国際大会でベストペーパー賞に選出

  • 1本がADBIの本" Digital Transformations for Inclusive and Sustainable Development in Asia"に採録予定

  • 1本を開発経済学会若手会議で報告

  • 科研費(研究活動スタート支援)に採択

  • 東京経済研究センター(TCER)研究助成に採択

  • 所内研究費に採択

  • 査読を4本行った

    感想

    人事評価のノルマは年間1本なので数については問題なし。World Developmentの査読に回った論文が改訂要求を受けた後に落とされたのは悔しい。自分の研究軸としては社会の役に立つような論文を書くということと、アカデミアから認知される論文を書くことである。論文を学術雑誌に載せられないということは後者に失敗したということなので、国際学術誌に論文を掲載することを引き続き目標として保ち続けていきたい。前者については論文を書いて、コラムを書いたり現場の方と協働するなどわかりやすく非アカデミアの方々に還元することであると考えている。私は手段としてアカデミアで働いているので(論文執筆を楽しんでいるのは前提として)、質・量ともに抜きん出られるよう、更にストイックに取り組まなければならない。そうでなければアカデミアで働いている意味がないと自分に言い聞かせている。

2024年の目標

  • 2023年にR&Rとなった論文の採択を目指す

  • 2023年にrejectされた論文の再投稿と最低でもR&Rを目指す

  • 2023年に開発経済学会若手会議で報告した論文をletter(短めの論文)として投稿する

  • アジア動向年報担当チャプター投稿

  • ワンヘルスプロジェクトの担当チャプター投稿

  • 政策研究大学院大学の博士課程への出願を完了させる

  • 新規論文1(supported by TCER)を国際農業経済学会で報告し、working paperを完成させる

  • 新規論文2(supported by my institute)のworking paperを完成させる

  • 新規論文3(博士論文の一部)の分析を行う

今年もよろしくお願いいたします。

今後の予定兼抱負

今後の予定を決意表明と備忘録を兼ねて記す。
12月 福島の農業に関する論文を仕上げて、1月15日のICAEへの投稿に間に合わせる。また、国際野生動物取引の執筆も進める。これは12月14日が締め切り。 子どもの出生順 と健康に関する研究も進めて、外に出せるようにする。年末はベトナム農家の気候変動適応に関する論文を再修正して学術雑誌に再投稿する。
1月 動向年報執筆とアジア開発銀行のブックローンチイベント in シンガポールでの報告。ジェンダーと技術受容に関する論文を仕上げて Economics Lettersに投稿する。
2月 動向年報執筆とエネルギー選択に関する論文を執筆する。
3月 エネルギー選択に関する論文の執筆と、CSAE at Oxfordでの報告。
4月 大学院博士課程進学予定。職場での研究プロジェクト開始。
5月 翌年、アメリカの研究所で客員をするためにフルブライトに応募するかも。論文が採択されたら、世界銀行のカンファレンスにて発表予定。
6月 バッファ
7月 千葉から東京に引っ越し予定。
8月 ICAE at Delhiで発表予定。ついでにバングラデシュかザンビアに調査に行くかもしれない。
9月 福島の農業に関する論文をジャーナルに投稿。目標はReview of Economic Studies, American Economic Journal: Economic Policy, Review of Economics and Statistics. 最低でもJournal of Public Economics, Journal of Environmental Economcis and Management, American Journal of Agricultural Economicsに載せる。

というわけで頑張ります。